大判例

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東京地方裁判所 平成元年(刑わ)608号 判決 1990年7月26日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、各証人に関する分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、革命的共産主義者同盟全国委員会(略称中核派)の構成員であるが、昭和六三年一〇月一五日午前一一時一五分ころから同二八分ころまでの間、東京都杉並区<住所略>A(当時六二歳)方に電話をかけ、千葉県収用委員会予備委員である同人に対し、その職を辞させるため、右中核派の勢威を示しつつ、「収用委員辞めなさい。小川会長がどういう風な目にあったか、あなた知っているでしょう」「どうなっても知らんぞ」「僕みたいに電話するだけの人間ならいいけどもそうでない人もいるから」「あなたが意地をはれば家族に迷惑がかかるかも知れんし、銀行の仕事先の方だって迷惑がかかるかも知れない」などと申し向け、右Aが予備委員を辞職しないときは同人及び家族の生命、身体、財産等にどのような危害を加えるかも知れない旨告知して脅迫し、もって公務員をしてその職を辞させるために脅迫したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法九五条二項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用中、各証人に関する分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(争点に対する判断)

弁護人は、「本件電話の内容は、職務強要罪の成立に必要な脅迫に当たる文言を含まないから、同罪の構成要件に該当しない。三里塚闘争会館の捜索の際に被告人の声を録音したカセットテープ及び右テープから被告人の声のみを抽出録音したテープは違法収集証拠であって証拠能力がなく、これを資料とする言語学関係、声紋関係の各鑑定書及び各証言はいずれも証拠能力がない。仮に右テープの証拠能力が肯定されるとしても、本件の言語学関係及び声紋関係の各鑑定書及び各証言のうちG6に関するものを除いて、各鑑定書には証拠能力がなく、各証言は信用性が極めて低い。被告人の知人等の本件電話の声が被告人の声に似ているとの証言には信用性がない。以上の理由から被告人は無罪である」旨主張し、被告人も公判廷において犯行を否認するので、当裁判所が被告人を本件につき有罪と認定した理由を説明する。

第一  本件電話の職務強要罪の構成要件該当性

マイクロカセットテープ(<証拠>。以下、単に「マイクロカセットテープ」という)、その再生解読報告書(<証拠>)、証人Aの尋問調書(以下、証人に対する当裁判所の尋問調書についても、単に供述又は証言と略記する)等によれば、以下の事実が認られる。すなわち、

昭和六三年一〇月一五日午前一一時一五分ころから同二八分ころまでの間、東京都杉並区<住所略>Aに電話があり(以下、「本件電話」ということがある)、その電話の申込者はAに対して、「収用委員辞めなさい。小川会長がどういう風な目にあったか、あなた知っているでしょう」「どうなっても知らんぞ」「僕みたいに電話するだけの人間ならいいけどもそうでない人もいるから」「あなたが意地を張れば家族に迷惑がかかるかも知れんし、銀行の仕事先の方だって迷惑がかかるかも知れない」「三里塚闘争ってのはあなたも知っているとおり二〇年にもわたっていろんなことが起きてる訳だよ。淡河さんの家だって火がつけられたことがあるし、小川会長だって未だに手術を繰り返してるし、それ程の闘いだから、あなたは手を引いた方がいいよということを今から警告しているんですよ」などと申し向けた。Aは、右通話の内容を留守番電話機(<証拠>)でマイクロカセットテープに録音した。

そして、司法警察員作成の捜査報告書(<証拠>)及び証人Bの当公判廷における供述によれば、千葉県収用委員会の小川会長襲撃事件及び淡河収用委員宅の放火事件は、いずれも中核派による犯行である旨自認する記事が同派の機関紙「前進」に掲載されており、このことからすれば、右両事件が中核派によって敢行されたものであることが推認でき、また、関係証拠によれば、右両事件については新聞等により報道されていたことが認められる。

以上の事実によれば、本件電話の申込者は、中核派によって敢行された右両事件に言及しつつ、前記のとおりの文言をAに対して申し向けているのであって、その内容全体からすれば、右両事件と同様に中核派によって危害が加えられることを述べることにより中核派の勢威を示していることは明らかである。また、小川会長が手術を繰り返していることや淡河宅の放火に言及する一方で、「どうなっても知らんぞ」「家族に迷惑がかかるかも知れん」と述べている点は、両事件と同様の内容の危害が加えられることを言うものであることは明らかである。したがって、本件電話の申込者の発言は、A本人及びその家族の生命、身体、財産等に対する害悪の告知に当たり、通常人を畏怖させるに十分なものであると言わなければならない。

弁護人は、本件電話の会話中に、Aが「あなた、それは脅かし」「もっと詳しく言ってもらいたいね」「それはご親切にどうも」などと述べている箇所のあることを指摘し、Aが随所に余裕をもった態度を見せており、同人は脅迫電話とは意識しておらず、本件電話は脅迫でない旨主張するが、証人Aは、これらの言葉を発した際の気持について、「脅迫された切羽詰まった気持から出た」「たとえ相当脅かされていても、何とか筋の通ったことはしゃべりたいという気持から言ったが、心の底では相当切羽詰まった、脅迫された気持でいた」旨供述しており、右供述は、Aが干葉県収用委員会予備委員という地位にあって本件電話を受けた状況における気持の説明として極めて自然な供述と認められるのであり、しかもAは、右電話の直後、先の一〇月一三日に収用委員会事務局に提出して保留のままにされていた辞職届を知事に取り次ぐよう事務局に催促していることに照らしても、十分信用することができる。よって、前記のAの発言は、同人が畏怖していなかったという根拠とはならず、この点の弁護人の主張は採用できない。

以上によれば、本件電話の内容は、Aに対して、千葉県収用委員会予備委員を辞職させるため、判示のとおりの害悪を告知して脅迫したものと認められ、職務強要罪の構成要件に該当する行為であると認められる。

第二  録音テープ等の証拠能力

一  捜索時テープの証拠能力

<証拠>の各カセットテープ(<証拠>。以下、「捜索時テープ」ということがある)の証拠能力については、当裁判所は、弁護人の違法収集証拠である旨の主張に対する判断を留保して証拠調を進めてきたので、この点についてここで判断を加える。

1 三里塚闘争会館の捜索の適法性

証人B(第一回公判期日におけるもの)及び同Cの当公判廷における各供述によれば、本件捜索時テープは、昭和六三年一一月二五日、右B、Cら警察官が三里塚闘争会館において捜索差押を行った際に録音されたものと認められるところ、右捜索差押が違法であった場合、それが本件捜索時テープの証拠能力に影響を及ぼす可能性があるので、まず右捜索差押の適法性について検討する。

(一) 本件捜索差押の状況

前記両証人の供述によれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、

昭和六三年一一月二五日、右両名ら約五〇名の警察官が、三里塚闘争会館を、同年一〇月一六日A方に脅迫電話をかけてきたという暴力行為等処罰に関する法律違反事件を被疑事実とする捜索差押許可状により捜索し差押を行った(以下「本件捜索差押」ということがある)。右令状に記載された差し押えるべき物は会議録、議事録、メモ類その他であった。捜索差押に当たって、現場責任者のD警部が当初の総括立会人Eに対して右令状を呈示した。右捜索の目的は、A方にかかった脅迫電話の内容から、犯人は成田空港建設工事に反対する中核派の活動家である疑いがあったため、右活動家の拠点となっている三里塚闘争会館を捜索し、被疑事実に関する証拠物を押収すること、及びA方にかかった脅迫電話の声の録音テープと比較して犯人を特定するために同会館内にいる中核派活動家の声を録音することの二つであった。捜索差押と兼ねて録音を担当した者は、Bを総括としてCら合計七名であった。右捜索差押により、中核派の機関誌紙「共産主義者」、「前進」、メモ類、フロッピーディスク等約五〇点を押収した。

(二) 本件捜索差押の適法性

以上の事実に照らせば、本件捜索差押は令状に基づき適式に実施されたものであり、三里塚闘争会館に赴いた警察官の大部分は専ら捜索差押に従事し、実際に押収物もあり、本件捜索差押の必要性がなかったことを窺わせる事情もない。したがって、本件捜索差押に際しては、捜索差押許可状記載の被疑事実について捜索差押をする目的があったことは明らかであって、活動家の声の録音も目的の一つとされてはいたが、専らそれを目的とするものであったとは認められない。したがって、本件捜索差押には何ら違法な点はなく、適法なものである。

2 会話の秘密録音の適法性

次に、本件捜索時テープの録音の適法性について検討する。

(一) 本件捜索時テープの録音状況

証人C、B(第一回公判期日におけるもの)の各供述によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

本件捜索差押の際、令状の被疑事実及びその前日のA方への本件脅迫電話の事件等の捜査のため、Bを総括とする七名の警察官が三里塚闘争会館内の中核派活動家の声の録音を担当した。同会館の二階建の本館、北棟、東棟の各階の各立会人の声の録音と捜索のため同会館から排除された立会人以外の者の声の録音とを右七名が分担した。Cは本館一階を担当し、小型録音機をジャンパーの内側の腰につけたポシェットの中に入れ、タイピン式マイクをジャンパーの内側のセーターの右襟付近に付け、録音機に気づかれないようにして録音をした。この録音テープが<証拠>のカセットテープである。その際、Cは自分の担当区域内で活動家の声をなるべく多く録音するよう努力をしたが、途中から代わって総括立会人になった被告人が主に本館一階付近にいたため被告人の声を多く録音した。Cは、以前に岡山県の被告人の実家に行き被告人の母親に会い、被告人を説得して実家に帰らせてほしいと頼まれたことがあったので、本件捜索差押の際、被告人に対して「おれ、お前の実家に行って来たんだよ」などと話しかけ被告人の母親から頼まれた趣旨を伝えようとしたところ、これに対して被告人は「捜索と関係ない話をするな」「捜索と関係ない話をするならば外へ出ろ」などと繰り返して言ったが、Cは、通常の会話をしながら捜索を円滑にやりたいということからしばらくそのような会話を続けたということもあった。

一方、Bは、東棟二階を担当したが、立会人が女性であったため録音を打ち切り、本館一階で被告人の声の収録に当たった。担当区ごとに担当者がいたので、総括立会人たる被告人の声の収録のみを行った。Bは小型録音機をセカンドバッグの中に入れ、タイピン式マイクをバッグから外に出した状態にして録音をした。この録音テープが<証拠>のカセットテープである。この間Bは被告人と、捜索時間中の食事の準備のこと、野球関係のファイルの差押のことなどを話した。警察官には被告人らを興奮させ、その上で被告人らの声を録音するという意図はなかった。

その後、捜査官において捜索時テープを検討した結果、被告人の声が本件脅迫電話の声と似ているとして、Cが同人の録音した<証拠>のカセットテープ及びBの録音した<証拠>の右捜索時テープのうち、被告人の声が鮮明に録音されている部分を合計七箇所抽出し、これをカセットテープのA面にダビングし、そのB面にマイクロカセットテープの脅迫電話の内容全部をダビングして、全く同内容のカセットテープ六本を作成した。そのうちの一本が、<証拠>のカセットテープ(<証拠>)である。他の五本は、参考人の事情聴取、鑑定嘱託などに使用された。

(二) 録音の適法性

ところで、対話者の一方が相手方の同意を得ないでした会話の録音は、それにより録音に同意しなかった対話者の人格権がある程度侵害されるおそれを生じさせることは否定できないが、いわゆる盗聴の場合とは異なり、対話者は相手方に対する関係では自己の会話を聞かれることを認めており、会話の秘密性を放棄しその会話内容を相手方の支配下に委ねたものと見得るのであるから、右会話録音の適法性については、録音の目的、対象、手段方法、対象となる会話の内容、会話時の状況等の諸事情を総合し、その手続に著しく不当な点があるか否かを考慮してこれを決めるのが相当である。

そこで、本件について検討するのに、前記1(一)及び2(一)記載の事実によれば、本件録音は、本件捜索差押の被疑事実である昭和六三年一〇月一六日A方に対する脅迫電話の事実自体ないしこれと密接に関連する他の脅迫電話の事実の捜査を目的として、右捜索差押の際に警察官と総括立会人である被告人らとの捜索差押に関する会話及びその際の雑談を録音したものである。そして、その会話の際、被告人は会話の相手が警察官であること及び本件捜索差押の被疑事実が右の脅迫電話の事件であることを認識していた。他方、警察官は、被告人の声を録音するため、被告人に対して話しかけるなどの働きかけをしているものの、その会話は捜索差押の際のものとして特に異常なものとは言えず、またCが被告人に対してした被告人の母親の話も虚偽の内容ではない。その他、警察官が被告人を挑発し、欺罔ないし偽計を用い、あるいは誘導するなど不当な手段を用いて、被告人に無理に話をするまいとしている話をさせたというような事情も認められない。

以上の諸事情を総合すれば、本件録音は、その手続に著しく不当な点は認められず、適法であると認めることができる。

なお、弁護人は、本件捜索差押時の録音は相手方の意思の制圧による人格権あるいはプライバシーの侵害が存在するので強制処分に該当する旨主張するが、前叙のとおりいわゆる盗聴と異なる本件録音の性質、態様等に照らせば、それが強制処分に当たらないことは明らかである。

3 証拠能力

前叙のとおり、捜索時テープについてはその録音の手続に関し、何ら違法な点はなく、捜索時テープはいずれも証拠能力を認められることは明らかである。

そして、右捜索時テープを警察官が再生して文字に反訳した再生解読報告書(<証拠>)、捜索時テープから被告人の声を抽出して編集したものをA面に、マイクロカセットテープの内容をダビングしたものをB面にそれぞれ収録した前記の<証拠>のカセットテープ及びその再生解読報告書(<証拠>)は、証拠能力を有するマイクロカセットテープ及び本件捜索時テープ等の写しとして証拠能力を有することは明らかである。

したがって、以上の各テープ及び各再生解読報告書を用いてされた弁護人指摘の各鑑定及び各証言についても、いわゆる「毒樹の果実」の問題はそもそも生じず、違法収集証拠としてその証拠能力を否定されるものではないことは明らかである。

なお、本件においては、証人がマイクロカセットテープを聴取する際には、<証拠>の原本を、<証拠>のカセットテープを聴取する際には、<証拠>の原本をそれぞれ使用したが、捜査段階での参考人の取調、声紋鑑定及び言語学鑑定の各鑑定嘱託、公判段階での裁判所の声紋鑑定、弁護人による証人予定者からの事情聴取等に際しては、前記の<証拠>と同内容の写しのカセットテープが使用された。

第三  知人等の供述

一  証明力の判断について

本件においては、被告人の多数の知人等が、電話のマイクロカセットテープを聴取して、被告人の声との同一性、類似性の有無について証言している。一般に、人の容ぼうについての記憶に比較して、声についての記憶の正確性に関して劣っており、かつ、より失われやすいものであり、また、記憶が十分あっても、それに基づく声の識別は容ぼうのそれよりも通常困難が伴うものであると言うべきであるから、声を耳で聞いてする同一性識別供述はいわゆる面割供述等の人の顔を目で見てする同一性識別供述に比べて、信用性の判断に一層慎重を要する。本件では、いずれの証人も最後に被告人の声を聞いた時から長い期間が経過していることから、なおさら慎重を要するものと言わなければならない。したがって、これらの証言の証明力の評価に当たっては、具体的に、証人が被告人の声を聞いた回数、頻度、状況、証人と被告人の親しさ、証人にとっての被告人の印象の強さ、証人が被告人の声を最後に聞いてからの経過期間、声や話し方などの特徴についての供述状況、捜索時のテープとの対比による記憶の正確性、識別供述の内容、根拠、具体性、事前のテープ聴取等に際しての外部からの影響の有無などを総合的に検討して、証明力を評価しなければならない。

なお、同一性の識別の対象となるマイクロカセットテープに録音された犯人の声は、電話機を通した声であるものの、時間的には約一三分間にわたり、内容的にはAに対して収用委員会予備委員を辞めさせようとさまざまな角度から発言をしているものであって、特に声の特徴や普段の話し方を隠そうとするような点はなく、対象資料としての適格性は十分あるものと認められる。

二  各証言の検討

1 証人F1は、「岡山大学教育学部附属中学校の二年生の時被告人と同じクラスで、三年生の時も話す機会は多く、二人で幾何学の話などをした。高校は別だったが体育会で会ったり一緒に友人の家に行ったりして顔を合わすことは結構多く、親しかった。被告人と同じ東大理科一類に進学し、岡山県育英寮に被告人と一緒に入り一年半くらい一緒に過ごした。寮時代は被告人と長時間話すことがあった。大学三年生の時も駒場キャンパスで顔を合わすことがあった。被告人に最後に会ったのは、昭和五二年ころ、被告人が下宿にひょっこり訪ねて来た時である。被告人のしゃべり方、しゃべるテンポには非常に特徴があるので記憶はかなり強烈に残っている。マイクロカセットテープの声が甲野の声かと問われれば、非常によく似ている、彼の声に間違いないと言って差し支えないと言える。被告人の声と違うところはない。非常に甲高いこと、非常にしゃべり方が早いこと、言葉の調子が強いことが非常に彼に似ている。『やめろ』『やめてくれ』の強い言い方が非常に似ている。『じいさん』という言葉のアクセントが似ている。ちょっと冷笑的なしゃべり方が右テープの声から感じられたが、それも彼の特徴だと思う。相手がしゃべると間髪を入れずにしゃべるという点も彼の特徴だと思う。本件についての最初の事情聴取は、平成元年一月の終わりころ警察官から受け、その際事件の概要は聞いた。電話のテープを二、三回聞いて確信を持った。警察官、検察官に対してした答えは法廷と同じである」旨供述している。同証人は被告人とは中学、高校時代から大学時代にかけて非常に親しく、声を聞く機会も多く、被告人の声についての記憶も具体的である。そして、識別供述も右のとおり具体的で一貫しており、捜査段階での事情聴取の際等に外部から不当な影響を受けたという事情もないことなどを総合すれば、同証人の右供述には高い証明力が認められるものと言わなければならない。

2 証人F2は、岡山県立岡山大安寺高校で、被告人とはクラスは一緒になったことはないが、三年間を通じて、ホームルーム委員会、選挙管理委員会、評議委員会などでよく顔を合わせた。一年生の時、数学研究会を作ってそれでも一緒になった。二年生の夏に増進会を被告人に紹介してもらった。そのために東大に合格したと思っている。一緒に自転車で通学したりもした。東大文科三類に進学したが、一、二年の時も大学で顔を合わせることがあった。一年の秋に大学で被告人と会い渋谷の喫茶店でお茶を飲んだことがある。最後に被告人の声を聞いたのは昭和四七年の秋ころだと思う。被告人は理路整然と話し、噛んで含めるような話し方をし、声の質は少し甘いような感じである。非常に丁寧な話し方をする。割と早口だったかも知れない。被告人の声は特徴があるので記憶に残っている。マイクロカセットテープの声は、私の知っている範囲内では被告人にかなりよく似ている。これ程よく似た人を他に知らない。ちょっと甘いような声、甲高いところ、しゃべり方が非常に理路整然としている点、最後に『失礼しました』と言うように礼儀正しいところが似ている。最初の事情聴取は、平成元年一月二〇日か二一日くらいに警察官からあった。『これから、あるテープを聞いてほしい。そのテープが、あなたの知っている人の声だとか、それに近いようだったら、そのことをお聞きしたい』と言われた。まずテープの表面(B面)の電話の声を聞いて、次に裏面(A面)の捜査か何かのテープを聞いた。表面を聞く時、誰の声か分からずに聞き始めたが、表面を聞き始めてそんなに遅くないところで、似ているなと思った」旨供述している。同証人は、高校時代、大学時代に被告人と非常に親しく、声を聞く機会も多く、最後に被告人に会った時期も近いこと、被告人の声、話し方についての供述内容などから、被告人の声、話し方について具体的な記憶のあることが窺われる。そして、識別に当たって多くの根拠を挙げていること、捜査段階での聴取の際に不当な影響を受けた事情もないことをも総合すると、同証人の右供述には高い証明力が認められるものと言わなければならない。

3 証人F3は、「岡山県立岡山大安寺高校の二年H組で被告人と同じクラスだった。被告人は常にクラスのリーダー的存在で、とても印象に残る人だった。ホームルーム委員などもしていた。被告人は友達と勉強で一番にならなかったら丸坊主にするという約束をしたため丸坊主になって登校して来たことがある。被告人が、一度、教室で私の斜左後方の席になったことを覚えている。被告人が古文の授業中など扇子を持っていろいろ指しながら説明していたことや、修学旅行の時、一緒にトランプをしたがその時被告人がトランプをするのが初めてだと言っていたこと、東京を通った時隣の席で霞ヶ関ビルの話をしたこと、文化祭の時被告人の書いたシナリオで皆で劇をし、私も出演したことなどを覚えている。被告人は女子生徒の間で人気があり、私の友人が被告人の行動に関心があって、よく話題に出た。高校三年になってからは話す機会はなかった。社会人になってからも同級生の女性と会うと被告人の話題が出る。最近は一年半ほど前に話題が出た。被告人はちょっと高い声で、流暢にしゃべる方だと思う。岡山弁を使わないで標準語に近い言葉でしゃべっていた。議論の時は説得力があり論じ負けず立派だった。マイクロカセットテープの声は被告人の声だと思う。全体を聞いていてそう思うし、『あなた』『あなた方』と言っているのが被告人の当時の声、言い方に似ている。流暢で説得力ある言い方もそっくりである。『辞めなさい』という言い方も当時を思い出す。『知らんぞ』『しれんし』は岡山の言葉だと思う。『なあ』の上がるイントネーションが被告人に似ている。最初の事情聴取は、平成元年一月下旬に警察官からで、同級生の甲野一郎さんの声だと思うんだが聞いてみて下さいと言われてテープを聞いた。電話のテープを最初に聞いて、ああ甲野君だと思ったが、次のもう一本のテープ(捜索時のテープ)の方が強烈に甲野君だと思った。その印象の違いは電話を通しているかどうかの違いだと思う。三回目にもう一度電話のテープを聞いて、やっぱりそうなんだと思った」旨供述している。同証人の高校時代の被告人の記憶は極めて具体的かつ詳細で、被告人が強く印象づけられていることが窺われる。識別供述も具体的根拠を多数挙げており、事情聴取の際等に不当な影響を受けた状況もなく、これらに照らせば同証人の右供述には証明力を認めることができる。

4 証人F4は、「岡山県立岡山大安寺高校の一年E組で被告人と同じクラスだった。岡山大学教育学部附属中学校でも被告人と一緒だったが、クラスは同じにならなかった。中学校の時から顔を知っていて、一言二言の会話もあったと思う。同姓なので印象に残っている。高校一年の時、授業中、私が分からないときに被告人が代わりに答えてくれたことがある。高校二年から三年になるころに弁論同好会を作り、被告人にも加わってもらったが、弁論同好会では被告人は余り話をしなかった。被告人の声は非常に細くて高い。雰囲気とすれば冷たい、よく通る、頭に抜けるというニュアンスの声である。被告人は理路整然と論理的に話した。標準語に近い話し方だった。高校卒業後、被告人に会っていない。マイクロカセットテープの声は被告人に非常に似ていると思う。声の質、理路整然と言っているところなどが似ている。最初の事情聴取は、平成元年一月下旬に警察官からあった。『あなたの知っている人の誰かじゃないですか』ぐらいのことを言われてテープを聞いた。両面に録音されたテープを聞いた。マイクロカセットテープと同じ内容のものが先で、それを一回通して聞いた後、反対の面を聞いた。それからまた最初の面を途中で止めて聞いた。大分早い段階に声から被告人のイメージが湧いてきた」旨供述している。同証人には被告人と同姓であること等から高校時代の被告人が強く印象づけられていることはその供述からも明らかであり、被告人の声等の特徴についての記憶、識別の供述ともに具体的である。そして、事情聴取等の際に不当な影響を受けた状況もないことに照らせば、同証人の証言には証明力を認めることができる。

5 以上のほか、被告人の高校時代の同級生である証人F5、同F6、F7、F8、F9及び被告人の高校時代の担任である同F10は、「マイクロカセットテープの声は被告人の声に非常によく似ている」、「よく似ている」又は「似ている」などと識別供述をしている。右各証人は、いずれも同級生又はクラス担任として被告人の声を聞く機会があり、高校時代の被告人の様子について供述した上、被告人の声の高さ、声の質、話し方などについての具体的な特徴を挙げ、その具体的特徴を根拠として識別をしている。そして、事情聴取の際等に不当な影響を受けた状況も認められない。したがって、これらの供述にも証明力を認めることができる。

6 さらに、被告人の中学、高校時代の同級生である証人F11、高校時代の同級生の同F12、同F13及び高校時代の政治経済の担当教諭である同F14が、それぞれ、マイクロカセットテープの声は、「早口でぽんぽんとくるところ、声が多少高いところが被告人に似ている」「被告人のしゃべり方、テンポが似ている」「甲高い、透き通るような声を出すというようなところが似ている」「歯切れがよくて、きちんと論理を順番に追っていくような感じのところ、声の質が似ている」旨、被告人の声と共通点があることを供述している。

そして、右各証人は、それぞれかつて被告人の声を聞く機会があり、その記憶に基づき、具体的な事項について被告人と共通点があると供述しているのであって、右各証人の識別供述は、被告人の声を録音した本件捜索差押時のテープを捜査段階で聞かされたことによる影響等を考慮に入れても、なお、被告人の声の高さ、声の質、話し方の特徴として述べる点については証明力を認めることができる。

7 他方、被告人の弟であるF15は、当公判廷において、「被告人とは六歳違いで、私が一二歳の時まで同居した。最近、被告人の声を聞いたのは、平成元年九月東京拘置所で約一〇分間面会した時である。私が大学に入って東京に来てから、被告人から二年に一度くらい電話があり、一回は短いときで三〇秒程度だと思う。昭和五九年八月の終わりか九月の初めころに、被告人が私の住まいに突然来て一、二時間いたことがあった。被告人の結婚式の時に長瀞で一泊した際に被告人の声をよく聞いた。現在、被告人の声を記憶している。被告人の声は非常によく響く声だと思う。マイクロカセットテープの声は、被告人が話をしているというふうに感じない。被告人の声はもう少し響くような感じの声で、右テープの声は被告人の声にしては高い。第一印象として、この声では被告人だと判断できない。被告人には特有な言回しの『なあ』という言い方があるが、右テープの『なあ』は被告人特有のそれと違う」旨供述している。

しかしながら、F15は、平成元年三月二一日付検察官調書において、「被告人とは、私が一二歳の時まで岡山の実家で一緒に暮らしただけで、その後は数えるくらいしか会っていない。ここ一〇年くらいでもほんの二、三回話をしたくらいである。昭和五六年ころ長瀞に旅行に行ったときは偏頭痛のため被告人とはほとんど話をしなかったし、昭和五九年に訪ねて来たことがあったがそれほど詳しい話をしていない。この他大学時代に岡山に帰って被告人と顔を合わせたことが一回あった。このため被告人の声自体についてもそれ程明確に記憶に残っていない。電話のテープの声についても被告人の声かどうかはっきりせずよくわからない。ただ、右テープの中で『なあ』と言っているところは被告人が人を説得するときの言い方に似ている。また、『しれんし』は岡山地方の人が使う言葉である。右テープの一方の声はかなり興奮して話しており、私は被告人にこんな風にひどく怒って言われたことはないので、被告人がこんな言い方をするかわからない」旨公判廷とは異なった供述をしている。

そこで検討するのに、弁護人の指摘するとおり、F15は検察官調書作成後に被告人と接見したため、被告人の声の記憶の程度そのものについては、検察官調書と公判廷での証言とで変化が生ずる可能性は否めない。しかしながら、以前に被告人の声を聞いた際の状況、検察官からテープを聞かされた時の印象等についての供述にも相反性があることも明らかであり、この検察官に対する供述との食違いについて、公判廷での証言では、「第一印象として違うと述べたが、調書に書いてくれなかった」と供述するが、調書に署名押印した理由について十分合理的な説明ができず、むしろ、読聞けの後概ね間違いなかったので押印した旨の供述もしていること、同人が被告人の弟であって、公判廷での供述が被告人の面前でされたものであること等の事情に照らせば、公判廷での供述はにわかに信用することができず、反対に検察官調書の方に特信性、信用性が認められると言うべきである。

8 また、証人F16は、「岡山大学教育学部附属中学校で被告人と同級だった。多分、一年のころ同級だったと思う。中学校時代、被告人とはごく普通の親しい方の友人として、十数人のグループと一緒に付き合っていた。岡山県立岡山大安寺高校では、被告人と同じクラスになったことは多分ないが、親しい友達の一人として付き合っていた。高校時代の被告人は、非常に優秀で特に理科系の分野では非常に優秀な方だという記憶がある。卒業式の前ぐらいに卒業式に参加するかどうかというような議論を被告人らとした。高校時代、被告人が私の家に何回か来たことがある。昭和四六年、被告人と一緒に東大理科一類に入学し、県人会育英寮で半年か一年ほど一緒で、週に何回かは話をしていた。その後、大学の四年間にも被告人に何回も会っていると思う。被告人の声を最後に聞いたのは、昭和五一年の暮れか五二年ころで、私の下宿に被告人が訪ねて来て、庭先で会った。話した時間は一〇分か一五分、長くて三〇分で、話の内容は何か革命理論のようなことだった。マイクロカセットテープの声は、最初の印象としては被告人の声ではないと感じた。右テープの声は被告人の声より高く、話す速度が非常に速い。ただ、被告人の声であることもあり得るかなと反芻すると、激高したシチュエーションで、かつ何年もたつとこういう声になるのかなという思考の過程もある。被告人は、平均から言えば、少し高めの声で、早ロ、比較的、理路整然と話す方である。<証拠>のテープA面の被告人の声は、自分の記憶にある被告人の声に比べて、ちょっと高く、速いという印象がある。このテープは以前にも弁護人から聞かされ、被告人の声と言われたが、自分としては、違うような気がして非常にいぶかしく思った。このテープの声とマイクロカセットテープの声とは似ている」旨供述している。同証人の供述は、その結論において、最初の印象としては違うとしながら、会話の状況や年月の経過を考えると、被告人の声であることもあり得るという点でやや曖昧であるほか、捜索時のテープを編集した<証拠>のテープA面を聞いて被告人の声と識別できていない状況からみると、同証人の被告人の声についての記憶は十分なものとは言えず、これらを総合すれば右供述は証明力の乏しいものと言わなければならない。

9 さらに、高校、大学時代に被告人と接触のあった証人F17は、「マイクロカセットテープの声は、しゃべっている内容からして被告人のものとは到底思えない。第一印象としては被告人の声ではないと思った」旨供述するが、同証人が被告人の声ではないとする主たる根拠は電話の話の内容や議論の仕方であるところ、これらは、その状況、目的、相手等によって大きく異なり、かつ、様々に変化するものであって、時の経過による変化も大きい。特に、同証人が議論の仕方等を対比している被告人との議論の経験は、被告人が大学三年生の時のものであること、脅迫電話という特殊な状況での会話であることなどに照らすと、これらは声の同一性を識別するに当たっての十分な根拠とは言えない。また、声の質等についての供述が具体性を欠くこと、捜索時のテープを聞かされて最初被告人の声ではないと思ったと供述していることからも同証人の被告人の声についての記憶は不十分と思われる。したがって、同証人の証言は証明力を有しないものと言うべきである。

また、被告人の高校時代の同級生である証人F18、同F19、同F20及び中学、高校時代に被告人と接触のあった同F21は、いずれも、マイクロカセットテープの声は、被告人と違うという趣旨の証言をしているところ、いずれも被告人の声の特徴についての供述は具体的でなく、さらにF18及びF21については捜索時のテープの声を識別できず、いずれも被告人の声の記憶が十分なものとは認められない。また、弁護人による事前の事情聴取の際に右証人四名を含む者たちの間でテープを聞いた感想等を話し合っていることが認められ、そのことにより相互の印象に不当な影響を受け合っているおそれも考えられる。その他F18については平成元年三月一四日付の司法警察員に対する供述調書では、同じテープを聞きながら「被告人の声によく似ている」旨供述しその供述には変遷がみられる。これらの事情を考慮すると、右四名の供述には証明力を認めることができないと言わなければならない。

10 以上の供述のほか、前記F2及び証人G1は、いずれも捜査段階で聞いた本件脅迫電話の声と捜索時のテープの声は同じだと思う旨供述している。二つの音声資料を聴取し比較対照してその同一性を判定することについては、双方の声にともに初めて接するような者や音声の聞分けに特別の訓練や経験もない者がする場合には、その聴取結果の内容に証明力があるかどうか極めて慎重に判断しなければならないが、F2は前記のとおり被告人の声を十分記憶していると認められ、また、G1は、言語学研究者として、方言を採取する際に複数の者による座談会の形式で会話をさせ、話し手が誰であるかを耳で聞き分けてノートに記録して採取する方法をとってきたため、声の聞分けについては自ら訓練し人の声を聞き分ける能力に優れていると認められ、右両名の前記供述にはいずれも証明力を認めることができる。

第四  声紋鑑定について

一  声紋鑑定の証拠能力

まず、声紋鑑定の証拠能力について検討を加える。

1 声紋鑑定の方法

関係各証拠によれば、声紋鑑定すなわち声紋による個人識別は以下のような方法によるものである。すなわち、

人間が言葉を発するに当たっては、肺から押し出された空気流が、声帯を振動させて声帯音を発生させるが、この声帯音は声帯の基本振動数の整数倍の周波数成分である高調波成分を含んでいる。これが、咽頭、喉頭、口腔、鼻腔等からなる声道を通って口から出るまでに、声道の共鳴特性に従い、ある周波数成分は強められ、ある周波数成分は弱められるという共鳴が起こる。人は口の開き具合や舌の位置などの調音器官の調節によってこの共鳴の仕方を変えて、いろいろな言葉を発音する。この共鳴の仕方の調節つまり調音は、話者個人の声道を作っている肉体的構造や日常の会話訓練によって決定され、個人により異なるものであるから、言葉の発音を構成している音声の周波数分布が個人により異なる特徴を持つ。このことを利用して、音声の周波数成分をサウンドスペクトログラフで縦軸を周波数、横軸を時間として図形表示し、紋様化して表示したサウンドスペクトログラム上に現われたホルマントと呼ばれる共鳴の強い部分の位置等を分析し、その特徴を対比して個人識別をするものである。

一般に周波数分析をする際には、狭帯域フィルタ(四五へルツ幅)と広帯域フィルタ(三〇〇へルツ幅)を使用するが、前者は声帯振動の高調波構造を明らかにし、後者はホルマントの位置を明確に示す。声紋鑑定では、ホルマントの特徴を見るため、主に広帯域フィルタで分析した結果を用いるが、それだけでは不十分なので、狭帯域フィルタによる分析結果も合わせて使用する。同一人が同一語を同じ話し方で話せば、その語の声紋におけるホルマントの位置と強さは、同じように現われる。しかし、同一人でも全く同じ話し方をするというわけではないので、ホルマントの変動が多少起こり、そのため個人性の識別には経験が必要とされる。

2 声紋鑑定の証拠能力

右のような声紋による個人識別の方法は、未だ識別の対象となった資料の数が限られているため、その正確性は完全に確立されたとまでは言えないが、その根拠には右のとおり科学的な合理性があり、使用される各種機器の性能、声紋の分析技術がともに向上していることにも鑑みれば、一概に証拠能力を否定するのは相当でなく、必要な技術と経験を有する適格者によって実施され、使用した機器の性能、作動が正確であって、その検査結果が信頼性あるものと認められる場合には、その分析の経過及び結果についての正確な報告には、証拠能力を認めることができるものと考えるべきである。

二  そこで、本件の声紋鑑定を検討する。

1 G2作成の鑑定書及び同人の当公判廷における供述(第七、第九回公判期日におけるもの)によれば、同人は、資料(<証拠>の写し)のカセットテープA面の被告人の声及びB面の電話申込者の声について、双方に共通して含まれている「当たり前だよ」「んだよ」「じゃないよ」の三つの言葉の声紋をそれぞれ比較対照して分析し、「同一人の音声である可能性が極めて高い」と鑑定している。同人は、日本電信電話公社電気通信研究所音響研究室長、同社武蔵野電気通信研究所G2特別研究室長、東京大学医学部音声言語医学研究施設教授を経て、現在は工学院大学教授を務めており、長年の間音声情報処理の研究に従事して学識が深く、刑事事件で音声の鑑定をした経験があるほか、航空機事故の調査等にも携わった経験を有するなど、声紋鑑定の経験は豊富であり、必要な技術を有する適格者と認められる。そして、本件の鑑定において鑑定対象として用いたサンプル語の選択、その数、サンプル語の声紋の特定、抽出方法、比較の方法に問題は認められず、機器等も正常に作動していたと認められる上、詳細な尋問に対して合理的な説明をしており、その鑑定の結果は信頼することができるものと言わなければならない。

2 G3作成の鑑定書及び同人の当公判廷における供述によれば、同人は、資料(<証拠>の写し)のカセットテープA面の被告人の声及びB面の電話申込者の声について、双方から「テ」「ル」「ジャ」「ショ」「ネエ」の五つの発音部分を抽出してその声紋を分析し、「同一人の音声である可能性がある」と鑑定している。

同人は、警察庁科学警察研究所の音声研究室長を経て、現在は同研究所法科学第二部付主任研究官であって、同研究所において長年声紋鑑定に従事し、約二四〇件の鑑定の経験があり、必要な技術と経験を有する適格者であると認められる。そして、サンプルの選択、その数、声紋の特定、抽出方法、比較の方法には何ら問題はなく、機器等も正常に作動していたと認められる上、同人は鑑定書及び公判廷で鑑定の結果及び経過について的確に説明をしており、右鑑定結果は信頼できるものと言わなければならない。

3 G4作成の鑑定書及び同人の当公判廷における供述によれば、同人は、資料(<証拠>の写し)のカセットテープA面の被告人の声及びB面の電話申込者の声について、それぞれ、「わからない」と「やめなさい」のア母音、「かね」と「でていけと」のエ母音、「いいけども」と「いらないから」のイ母音、「なかみないと」と「だからやめろと」の子音からア母音への変化の過程(渡り方)、「や」の子音と母音、「だ」の子音と母音、「わからない」と「ないんだ」のア母音からイ母音への渡り方の声紋を分析し、「別人とは思えないほど非常によく似た同声色音声である」と鑑定している。

同人は、東京外国語大学音声学研究室で、長年声紋分析の研究に従事し、裁判所に提出するものとして約一〇件の鑑定をした経験があり、声紋鑑定の技術、経験は十分ある適格者と認められ、サンプルの選択、その数、声紋の特定、抽出方法、比較の方法に問題はなく、機器等の作動も正常と認められる上、説明も詳細であって、その鑑定結果は信頼できるものと言わなければならない。

4 鑑定人G5作成の鑑定書及び同人の当公判廷における供述によれば、同人は、資料(<証拠>の写し)のカセットテープA面の被告人の声及びB面の電話申込者の声について、それぞれ「タラネ」「ソーユー」「ンダヨ」「ンダ」「イッテ」「ジャナイ」の声紋を分析し、「同一人の音声である可能性が極めて大きい」旨鑑定している。

同人は、昭和四〇年ころから警察庁科学警察研究所で通算二〇年以上、声紋鑑定及びその研究に従事し、現在は同研究所音声研究室長を務め、これまで捜査段階での声紋鑑定を約二〇〇件、裁判所の鑑定を約一〇件した経験があり、声紋鑑定の経験は豊富であり、必要な技術を有する適格者であると認められる。そして、本件でのサンプルの選択、その数、声紋の特定、抽出方法、比較の方法はいずれも適切であり、使用した機器等の作動は正常であったこと、同人は当裁判所が声紋鑑定を命じた鑑定人であり、鑑定に際しては既に取調済みの前記G2、G3、G4及び後記G6作成の各鑑定書の内容を十分検討した上慎重に鑑定を行った経過がある上、鑑定書及び公判廷での証言における説明は詳細で、かつ、説得的であることを合わせ考慮すると、同人の鑑定の結果は信頼することができるものと言わなければならない。

5 以上のとおりであるから、前記四名の鑑定結果については、いずれもその証拠能力を認めることができる。

ところで、各鑑定者は、G2はコンピュータを用いて音声合成、音声認識等を研究する音声情報処理の立場から、G3、G5両名は科学警察研究所での犯罪捜査という実践的な立場から、G4は言語学又は実験音声学の立場から、それぞれ、人の音声の周波数分析を研究してきたものであり、本件の声紋鑑定においても、それぞれ異なった独自の方法によって声紋を分析して鑑定した結果、いずれも同趣旨の結論を得ている。

各鑑定においては、サンプル音声の選択、その数、比較方法もそれぞれ異なっている。すなわち、G2が、双方のテープに共通する比較的長い文節を三個選択し、それを構成する個別的な各音声及びその間の渡り方を比較対照し、G3は、共通する一音ずつの発音部分を五個抽出して比較し、G4は、同じ母音を含む文節を選択して母音ごとに基本形を確認し、母音相互間及び子音との間の渡り方、子音の声紋など多くのポイントを判断することにより結論を出すという方法をとり、G5は、共通する単語六語を選択し、構成する各音声を渡り方を含めて比較対照している。

周波数分析に使用した機器については、G3、G4、G5がサウンドスペクトログラフ(RION SG07)を使用し、G2はデジタル符号化した音声をコンピュータ(APOLLO DN3500)を用いて周波数分析をしている。

また、いずれも、鑑定の過程では、より数多くの語を抽出して検査分析し、その中から、発声の速度や強度、他人の音声や騒音の重畳の有無等を考慮して声紋鑑定に最もふさわしいものを選んで、鑑定資料としている。

なお、各鑑定結果について、数字で言うとどうなるかという質問に対して、G2は、自らの判断基準で九〇パーセント以上と、G3は、八五パーセント以上と、G5は九五パーセントくらいとそれぞれ証言するが、いずれの鑑定においても、別人であるのではないかと窺わせるような分析結果は出ておらず、そのような事情を考慮したり、声紋の一致の程度の高低を考慮して数字で表現しているのではなく、各人が一方が電話録音であるなどの録音条件の相違等を考慮して控え目な数字を出しているのであって、同一人である可能性が右の確率にとどまることを表現するものではない。なお、G4は、「声紋鑑定の結果同一人物と見なし得る結論が出たが、法的に認められるまでは非常によく似た同声色音声という表現にとどめるべきであると考え、前記の鑑定結果を出した。本件において、同一人でない可能性は五分の一の七乗である」旨証言している。

このように、声紋の個人識別に関する異なった角度からの研究、経験に基づき、鑑定の方法としてもそれぞれ独自の研究成果に基づく異なった方法により、使用機器も異なった種類のものが使用された各鑑定において、同趣旨の結論が導き出されていること、鑑定対象とされたサンプル数は、合計十数箇所に及び、各鑑定作業中にはそれぞれこれら以外の多数の箇所についても検討の対象とされ、結論を導くのに参照されていることなどに照らすと、このような各鑑定が、相互に証明力を補強し合い、全体として、相当高度の証明力を持つに至っているものと言うべきである。

なお、弁護人は以上の四名の鑑定に対し、各ホルマントの中心周波数のずれが〇・一キロヘルツを超えないものを一致とするとの基準を用い、右各鑑定書指摘のホルマントには一致は見られないとして証拠価値がない旨主張するが、右の基準は声紋分析の手法として証拠上十分な根拠のあるものとは認められず、右四名の証明力が何ら否定されるものではない。

6 以上に対し、弁護人の推薦に基づき当裁判所が鑑定を命じた鑑定人G6作成の鑑定書及び同人の当公判廷における供述によれば、同人は、資料(<証拠>の写し)のカセットテープA面の被告人の声及びB面の電話申込者の声について、それぞれ「ダロー」「ナイヨ」「イーケドモ」「ソーユー」の声紋を分析して声紋の一致が見られないこと、また、A面の方が人と直接対面する状況下の発言で興奮の度合いが大きくピッチが大きくなりそうであるにもかかわらずB面の方がピッチが高いことを指摘し、「別人の声と判断される」旨の鑑定結果を出している。

G6鑑定人は、科学警察研究所音声研究室の初代研究室長を同物理研究室長と兼務したことがあり、現在は社団法人未踏科学技術協会に属し、交通事故、声紋等様々な分野の鑑定に従事している。同人は、同研究所勤務の間には同僚、部下と共同して声紋鑑定をした経験が四、五件あるが、一人で鑑定した経験はなく、同研究所を辞めた後も声紋鑑定の経験が一二、三件あるにとどまる。

そして、その鑑定の内容についてみると、証人G2(第一五回公判期日におけるもの)は、G6鑑定人が鑑定に使用した部分の声紋を分析して、G6鑑定に用いているサンプルの声紋のうち、A面のダローのローは、ダとロの重なった部分であり、A面のナイヨについては、ナとイの境目が少しずれており、正確にはナとイとの音節の境界位置を左側にずらす必要がある。ソーユーのユーについては、A面はソーユーモンダイのモン、B面はソーユーコトのコトである」旨述べ、証人G5は、「A面のダローのローはダ、A面のナイヨのイはヨで、ソーユーのユーについては、A面はソーユーモンダイのモ、B面はソーユーコトのコトである」旨述べて、いずれもG6鑑定の声紋の特定、抽出方法が不適切であることを指摘する。前記のとおり声紋鑑定について十分な経験と技術を有すると認められるG2、G5両証人がA面のロー及びA、B両面のユーについて概ね一致した指摘をしていることに照らせば、この点の声紋の特定、抽出の正確性についてG6鑑定には疑問があると言わなければならない。なお、A面のシナイヨについての右両証人の指摘の内容は異なるが、同じ箇所についての指摘である上、この箇所については、両証人とも雑音が多くて比較に不適当であるとしていることから正確に確定できないものであるとも考えられるので、このことが右両証人の指摘の信用性を失わせるものではない。

そして、右両証人によれば、ダローとナイヨについては雑音が多く声紋鑑定の資料としては適当でないこと、雑音があることを考慮に入れ、かつ、声紋の特定、抽出を適切にして比較すればいずれの箇所の声紋も一致していることが認められる。また、G2証人は、相手と対面し自制心も働く場合よりも電話音声の方が興奮しやすいので電話音声の方がピッチが高いのがむしろ当然と述べているが、この指摘は一般論としても、また、本件電話が脅迫を内容とするものであることに照らしても、G6鑑定よりも合理的なものと認められる。

さらに、G6鑑定人は声紋の比較の方法につき「渡りの部分はなるべく鑑定に使わない。ホルマントのパターンを全体としてみるのは不適当である」という立場を取るが、右両証人及び証人G4によれば、渡りの部分に話者の個人性が特によく現われ、むしろ比較の対象とすべきであること、ピッチが変わった場合にホルマントにゆらぎが生じるがその際にホルマント相互の相対的な位置関係を考慮に入れることは適切な鑑定方法であることが認められる。

以上の諸事情を考慮すれば、G6鑑定は信用できないものと言わざるを得ない。

第五  言語学鑑定

一  証拠能力

話者の言葉の言語学上の特徴点すなわちアクセント、音韻、語法、語いなどの異同を比較することによって話者の出身地、話者の同一性を鑑定するいわゆる言語学鑑定については、関係証拠上明らかなように、わが国の方言研究は世界的にみても非常に進んでいること、人が言語形成期に身につけた言語的特徴のうちアクセントが一番変動しにくく、音韻がこれに次ぐものであること等に鑑みれば、言語学の専門的知識及び技術を有する適格者が行ったもので、その結果が信頼できるものと認められる場合は、その鑑定の経過と結果についての正確な報告には、証明力の程度はともかく、証拠能力を肯定することができると言わなければならない。

二  各鑑定及び証言について検討

そこで、各鑑定及び証言について検討する。

1 G7作成の鑑定書及び同証人の供述によれば、同人は、資料(<証拠>の写し)のカセットテープA面の被告人の声及びB面の電話申込者の声について、「両資料は、岡山県南部地方で言語形成期すなわち二、三歳から一四、五歳までを過ごしたと思われる話者が、ある部分では岡山方言の特徴を色濃く残し、ある部分では標準語アクセントを不完全に修得し、またある部分では右のどちらにも現われないような特徴を個人的な口癖として身につけた結果を示しているものと解釈できる点で共通している。両資料の話者は同一人物の可能性が極めて高い」と述べ、その根拠として、両資料の言葉には、ガ行鼻濁音の不在と無声化の不在が共通であること、特殊拍のアクセントの回避の有無について、「アンタ」のように特殊拍の後に一拍(一音節)続く語、「ホンケン」のように特殊拍の後に二拍(一音節)続く語、「シンセツ」のように特殊拍の後に二拍(二音節)続く語、「カエシテ」のようにテが続く動詞の活用形のそれぞれについて特殊拍のアクセントを回避しない語があることは岡山方言のアクセントの特徴と一致すること、特殊拍の次に一拍(一音節)続く語で特殊拍のアクセントを回避している語についても岡山方言の特徴と合うこと、「ない」又はその変化形のアクセントに標準語、岡山方言のいずれにも見られない共通の個人的特徴があること、「だけ」、動詞につく「から」、終助詞「よ」、平板式動詞の命令形のアクセントについていずれも岡山方言の特徴と矛盾しない共通点があること、名詞に接続する助詞、動詞に接続する「のは」等、動詞の否定形、疑問詞のアクセントについて、岡山方言アクセントと標準語アクセントの間のゆれが現われ、その傾向が極めて類似していること、語法上の特徴として、「という」が「つう」「つっ」に、「(い)る」が「ん」に変わること及び「だろうよ」という文末表現が現われる点が共通することを挙げている。

同人は、岡山県玉野市で生まれ、高校卒業まで岡山県内で過ごし、現在は言語学専攻の大阪外国語大学助教授として日本語の一般的な研究、特に音声、音韻、アクセント等の研究に従事し、特に岡山方言について研究し、同方言に専門的な知識を有している。そして、同証人の説明は詳細かつ的確であって、その信用性を疑わせる事情はない。

2 証人G8の供述によれば、同人は、資料(<証拠>の写し)のカセットテープA面の被告人の声及びB面の電話申込者の声について、「両資料の話者は、言語形成期を岡山市など岡山県南東部で過ごし、その後東京方面に出向いたという可能性がある。両資料の話者には共通の言語特徴があるので、同一人物である可能性がある」と述べ、その根拠として、両資料の話者にはガ行鼻濁音がなく、母音の無声化が少ないこと、両資料は東京式アクセントの体系で話されているが、岡山出身者が標準語の言い方に直すことが経験上困難である動詞の否定形と疑問詞を調べると、いずれも東京式体系の中の東京風のアクセントと岡山風のアクセントが混在していること、形容詞「ない」にはいずれも東京式アクセントと京阪式アクセントが混在していること、岡山県備中地方でみられる「セ」を「シェ」と発音するところがないことに共通点があることを挙げている。

同人は、岡山県で生まれ育ち、岡山県内で教職に就き、昭和二三、四年ころから、そのかたわら岡山地方の方言の研究を続け、多数の優れた研究論文を学会に発表しており、岡山方言について専門的な知識を有しており、また、その説明も詳細で、信用性を疑わせる事情はない。

3 G9作成の鑑定書及び同人の当公判廷における供述によれば、同人は、資料(<証拠>の写し)のカセットテープA面の被告人の声及びB面の電話申込者の声について、「両資料の間に言語学上、方言学上の共通点が極めて大きい。両話し手の生育地が同じ方言圏に属する蓋然性が大きい。両話し手の生育地は西日本のどこかである可能性が高い。西日本のうち近畿各県と愛媛県の西部を除く四国各県である可能性は比較的小さい。同一人であることを否定する特徴はない」と述べ、その根拠として、両話者とも基本的に乙種アクセント(東京式)であるが、部分的に甲種アクセント(京阪式)の特徴も示し、また、乙種アクセントの中の東京及びその周辺にない特徴を非常に多く示すこと、後者の具体例として、一つのアクセント単位の中の第三拍以降にアクセントの山がある例、モーラ音素にアクセント核のある例、連文節中の後部文節のアクセントの山が消えない例及びその他の非東京語アクセント型を示す例が挙げられること、語中のガ行音が非鼻濁音であること、無声子音に挟まれた挟い母音が無声化しないものがあること、「という」と「ツー」、「といってる」を「ツッテル」と発音する傾向が強いこと、モーラ音素を短く発音する事例があることを挙げている。

同人は、昭和四三年から国立国語研究所で全国方言分布図の調査、作成、各地の方言の社会言語学的研究に従事し、同研究所言語変化研究部第一研究室長を経て、現在はフェリス女学院大学教授であって、日本の方言について専門的知識を有し、その説明は詳細で信用性を疑わせる事情はない。

4 G1作成の鑑定書及び同証人の供述によれば、同人は、資料(<証拠>の写し)のカセットテープA面の被告人の声及びB面の電話申込者の声について、「両資料の言葉には、極めてよく似た言語学上の共通点があり、また、両資料の声は同質の声であることから、両者は同一人と考えられる。両資料の話者の言語学的特徴が総合的に合致するのは岡山県南部(平野部あるいはその周辺部)で、これは鑑定資料話者の出身地を示すものである可能性がかなり高い」とし、その根拠として、言語学上の共通点について、単語のアクセントが双方とも外輪式を除く東京式アクセントであること、語中ガ行音が破裂音であること、無声子音間狭母音の有声現象があること、特殊拍におけるアクセントの下降の実現がほぼ徹底していること、以上の四つの言語学的特徴をすべて網羅する地域は、岡山県南部つまり平野部あるいはその周辺部であること、文法的な特徴としては、一般的には東京的な言い方であるが、その中に「シラン」「シレン」という関西的な言い方が入っていること、個人的な特徴として、「そうだろうよ」「そうでしょうよ」と「よ」が付く際立った特徴があること、語の特定の一拍分を強調する非常に個人的な卓立強調がみられること、「関係あるの」「定員に不足を生じるんだ」「裁決をするのは、あなた方なんだ」などと相手に対して決めつけるような言い方をするときに最後の音がはっきりしないという特徴があること、「という」を「つう」と言うこと、「よ」が付かない「でしょう」の「しょ」の音質が甘いこと、文末の「よ」が「よ」かか「い」かはっきりしない発音であることを挙げている。

同人は、昭和二七年ころから国語学会に所属して方言及びアクセントの研究を続け、随時学会機関誌に研究論文を発表し、国立国語研究所地方研究員、静岡大学非常勤講師なども務め、その分野に専門的知識を有している。そして、同人の説明は詳細であり、その信用性を疑わせる事情はない。

5 以上のとおり、両資料の話者の出身地が同一地域である可能性がある点については右四名の判断が一致するところであり、岡山県南部地方出身者である可能性があることについては、G7、G8、G1が一致し、G9もこれと矛盾しない判断を示している。さらに、右四名ともに、両資料に共通する言語学上の個人的特徴を指摘するとともに、同一人であることを否定する特徴がないとしている。そして、前記のとおり右の四名はいずれも言語学の研究に携わり、その分野で専門的知識を有するものであり、鑑定人の適格は十分である。したがって、以上の各鑑定書及びG8の鑑定的意見には、証拠能力を肯定することができ、また、右四名の各証言を総合考察すれば、少なくとも、両資料の話者は、その出身地が同一地域であり、いずれも岡山県南部地方出身者である可能性があり、また、両資料には言語学上の個人的特徴に共通点があり、同一人であることを否定する言語学上の特徴はないとの判断に関しては証明力が認められるものと言うべきである。

第六  その他の事情

一  マイクロカセットテープ、その再生解読報告書、証人Bの当公判廷における供述(第一三回公判期日におけるもの)、司法警察員作成の昭和六三年一〇月二七日付及び平成元年一月三〇日付各捜査報告書によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

本件電話において、電話申込者は、小川会長襲撃事件、淡河宅放火事件等に言及するほか、成田空港反対闘争についての詳しい知識を有しているものと窺われる発言をし、また、近日中に収用委員会委員が一名辞職することを知っている発言をしており、実際に、昭和六三年一〇月一五日に千葉県収用委員会の長戸路会長学理が辞表を事務局に提出し、右事実は同月一九日に初めて新聞に報道された。中核派の機関誌「前進」紙上には、昭和六三年五月ころから一〇月ころにかけて、千葉県収用委員会解体のスローガンを掲げた記事が繰り返し掲載され、右の小川会長襲撃事件及び淡河放火事件はいずれも中核派が敢行したことを自認する記事が掲載されているほか、同委員会委員及び予備委員に電話等を集中し、辞任させようと呼びかける趣旨の記事が掲載され、同委員及び予備委員の辞任後は「収用委員会再建阻止」等の記事が掲載されている。

以上の事実によれば、本件脅迫電話が成田空港建設阻止を目的として千葉県収用委員会委員及び同予備委員を辞職させようとして中核派が行った組織活動の一環として行われたものであることが推認される。

二  証人Bの前記供述及び司法警察員作成の平成元年三月一七日付及び同月二二日付各捜査報告書によれば、被告人は三里塚闘争会館に居住する現地闘争本部員であり、中核派構成員であったことが認められる。

三  さらに、被告人の母甲野春子の検察官に対する供述調書によれば、被告人は、岡山市内で出生し、昭和四六年三月岡山県立岡山大安寺高校を卒業するまで同市内で過ごし、同年四月束京大学教養学部理科一類に入学したことが認められる。

第七  結論

以上指摘した第三ないし第六の諸点を総合して考察すれば、Aに対し本件脅迫電話をかけた者が被告人であることは証明十分であると言わなければならない。

(量刑の理由)

本件は、被告人が千葉県収用委員会予備委員方に電話をかけ、その職を辞させるために脅迫したという職務強要の事案である。

右犯行は、千葉県収用委員会委員及び同予備委員を全員辞職させ、成田空港建設工事を阻止しようとする中核派の一連の組織活動の一環として行われたものであり、自らの政治的主張を暴力的手段で実現しようとする行為であって、民主主義社会において到底許すことのできない犯行である。その態様を見ても、被害者の自宅に電話をかけ、約一三分間にわたって、組織の勢威を背景に、本人及び家族に危害を加える旨申し向けて執拗に脅迫しているのであって、右犯行が被害者本人及びその家族らに与えた恐怖には計り知れないものがある。また、他の同様の脅迫電話とも相俟って被害者をして昭和六三年一一月二四日、同予備委員を辞職するに至らせている。これらの事情を考慮すれば、被告人の刑責は重いものと言わなければならない。

しかしながら、本件犯行は職務強要の手段としては一回の脅迫電話をかけたにとどまること、被告人には、昭和五三年二月八日、建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反、有線電気通信法違反により、懲役二年、五年間保護観察付執行猶予の判決の宣告を受け、昭和五五年二月二一日に確定した前科があるのみで、右前科の確定から既に一〇年が経過していること、未決勾留が既に五〇〇日を超えていること、被告人の親が被告人の身を案じていることなど被告人に有利な事情も認められ、これら一切の事情を総合考慮すれば、被告人を直ちに実刑に処するよりも社会内での更生に期待し、主文掲記のとおりの刑に処した上その刑の執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役一年六月)

(裁判長裁判官 高橋省吾 裁判官 伊藤 納 裁判官 堀田眞哉)

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